ガラスの棺 第7話 |
ミレイが用意したワゴンの中に棺を納め、全員が乗り込んでようやくほっと息を吐いた。スザクとカレンが見た限りでは誰にも見つかっていない。元ギアス兵だった墓守たちが念のため遠くから警戒しているが、そちらからも連絡はない。 「あー、緊張した!さて、長居は禁物だよな!」 リヴァルは車を走らせ目的地を目指した。 念のため途中で車を乗り換え、学園地下の旧機密情報局に棺を持ち込むみ一息ついたとき、ミレイがお酒を山ほどテーブルの上に乗せた。 「ささ、みんなルルーシュに愚痴を言いながら飲みましょう!」 棺の中の死者。 既に腐敗しているだろう死体がそこにある。 普通に考えれば気色が悪い状況で、とてもではないが酒を呑む気分になれないはずだが、今は不思議と嫌悪感は無かった。 そこにいるのはルルーシュなのだ。 ようやく旧友に会えた。 そんな気持ちしか沸かない。 だから、酒の肴にルルーシュの愚痴を言い合おう。 ルルーシュには、言いたいことが沢山有るのだから。 「はいはい、みんなグラスを持って」 本来であれば、すぐに戻るべきスザクにもミレイはグラスをもたせた。しばらくのあいだ飲むべきかどうか迷ったスザクだが、しばらくじっとルルーシュの遺体が納められている棺を見た後、一気にグラスを煽った。 うんうん、それでいいのよとミレイは言った。 スザクだって文句を言いたいだろう、愚痴りたいだろう。 ルルーシュが戻ったことを祝いながら、胸の内をさらけ出そう。 「でもすごいわね棺って。匂いとか全然もれないものなのね」 お酒の勢いに任せ、全員がルルーシュへの文句をいい終わり、スザクのドス黒い憎しみと悲しみと歪んだ愛情に若干引きつつも、いくらかすっきりとした顔でお酒を飲んでいると、ミレイがそんなことを言った。 ルルーシュの遺体にエンバーミング処理はしていない。だから腐敗する。5年も経てば間違いなく腐敗しているはずだが、腐敗臭は一切してこなかった。 「腐敗臭を嗅いだあとだと、お酒は飲めないですよ」 物も食べれないですよ。 実際、戦争で死体が重なる場所を歩いた経験を持つカレンは眉を寄せた。 戦争時もそうだが、無残に殺された日本人の死体をどれだけ埋葬したか。 だからどれほどの悪臭か知っていた。 ミレイとリヴァルはその経験がないのだ。 「そこまでなのかよ。じゃあ、間違ってもあけられないよな」 「リヴァルあんた・・・腐敗の意味わかってんの?ミイラとは違うのよ?」 腐敗した死体が見られないものだと知らないの?というカレンに、写真でなら見たと二人は答えた。そんなやり取りの間、スザクはじっと棺を見つめた後、かけていたカバーを捲り、クンクンと棺の匂いをかぎだした。 湿った墓場の土の匂いに思わず眉をしかめたが、再び匂いを嗅ぎ始める。 「すーざーくー。あんた、何してんのよ?」 「ほんとうに、においがしないんだなって」 嗅覚には自信あるんだけどなと、スザクはしつこく棺の匂いを嗅いでいた。 「・・・あんた、御飯食べれなくなるわよ」 「だいじょうぶだよ、なれてるから」 あっさりと返ってきた返事に、カレンは嫌そうに眉を寄せた。 スザクはブリタニア軍にいた。 一兵卒は死体処理もさせられる。 あの匂いに負けて食事ができなくなれば、それは死に直結していた。 だから、あの匂いを嗅いでもスザクは飲食に不自由はしない。 「・・・しない。ルルーシュのにおいがしない」 目を細め、ぶつぶつと言い始めたスザクに嫌な予感しかしない。 「っておいスザク!お前これ全部飲んだのかよ!?」 先程までスザクがいた場所。 そこにはビールの空き缶がゴロゴロ転がっていた。 普段お酒など飲めない環境で、ストレスが溜まりまくっていただろうスザクは、気がついたら大量のお酒をその胃に納めていた・・・つまり、完全に酔っていた。 そういえば、どこか呂律が回っていないし、目が完全に座っている。 「・・・ほんとうにいるのかな?このなかに・・・このなかも、からなんじゃないかな・・・」 これは、マズイんじゃないだろうか。 「え!?スザクくん!?ちょっと何してるのよ!?」 「おいスザクやめろって」 「ちょっと、シャレにならないわよ!?見たら後悔するわ!」 棺の留め金を外しにかかるスザクに、慌てて三人は近寄り蓋を開けるなと言い聞かせるが、完全に目が座っているスザクは聞こうともしないし、あのカレンが力づくでどかそうとしてもびくともしなかった。 「ルルーシュ、あいたい。・・・るるーしゅっ・・・」 ポツリと呟いた言葉は、ここにいる三人も思っていることなのだが。 「気持ちはわかるけど、腐ってるんだから駄目でしょ!」 ルルちゃん、何も処理しないで埋めてるんでしょ!? 「べつにいい」 「よくなーい!」 「駄目だろスザク、正気にもどれ!!」 「いいの、いいんだよ~ねぇ、いいよね~るる~しゅ」 「水っ!水頂戴!頭からかけて起こしましょう!」 そう言っている間にも、スザクは棺を開けようと金具をいじるが、酔っているからうまくいかない。そのことに苛ついているのが表情でよく分かった。 「・・・めんどくさい、こわす」 「「「え!?」」」 ふてくされたように言った直後、ベキリと木が割れる嫌な音が響いた。 うわ、マズイ! 全員が慌てて鼻を抑え目を背けたのだが、予想していた悪臭は漂ってこなかった。 棺の蓋は大きく開かれており、スザクが覗き込んでいるというのに、だ。 手を離しクンクンと嗅いでみるが、やはり匂いはない。 まさか本当に空だったのか!? 棺の中を見て完全に硬直しているスザクからもそんな想像しか出来ず、慌てて棺を覗き込んで・・・絶句した。 「・・・ルルーシュ・・・」 あまりのショックから、一気に酔が冷めたのだろう。 スザクは動揺した震える声で、その名前を呼んだ。 当然だ、動揺しない方がおかしい。 5年。 ルルーシュを埋葬して5年経過している。 防腐処理・・・エバーミングは一切行われてない。 それは間違いないと何度もスザクは言っていた。 科学者達も当然腐敗している前提で動いていた。 だって当のルルーシュが、この体を残すことを望んでいなかったから。 昔日本で行われていた土葬のように、時間が経過すれば土に帰る・・・そんな埋葬を望んでいたから。 だから、叶えたのだ。 だが、棺に収められていたルルーシュは5年前と変わらぬ姿のまま眠り続けていた。 |